日本への技術の紹介

日本においても、昭和初期にヨーロッパから紹介されるという形で、技術が輸入されました。それぞれの手術箇所に応じ、眼科や耳鼻科の医師が研究と実践を重ねるなどして、その技術は少しずつ発展していきます。そして、世界的な趨勢と足並みを揃えるかのように、第二次世界大戦で戦傷を負った多くの人々を治療するために、技術も援用される形で、形成外科の技術は長足の進歩を遂げることとなりました。

医療分野としての美容整形の確立

そういった背景から、形成外科は医療分野としての地位を急激に確立していき、1955年には、ストックホルムにて第1回国際形成外科学会が開催されました。また、日本でも1956年に、東大病院の整形外科の中に、Plastic Surgery研究会という形成外科の診療班が開設され、2年後には日本形成外科学会が発足しています。そして1975年には、医療法による診療科目として、形成外科が正式に認められました。

近代最古の美容外科手術

美容整形に限っては、1845年に、麻酔法をドイツに初めて持ち込んだ医師でもある、ディーフェンバッハによって執り行われた整鼻術が世界初の近代的な美容整形外科手術であると言われています。また、同時期のヨーロッパにおける美的基準は、ギリシャ・ローマ的なものが絶対で、それ以外の容姿はイコール醜いとされており、そのような社会背景において、特徴的な鷲鼻が目立つユダヤ人は、激しい差別の対象となっていました。そこで、ユダヤ人に対して整鼻術を行ったジャック・ジョセフは、人種差別を解決する方法として採用したという意味において、エポックメイキングな存在であり、今日でも評価を受けています。